日々の覚え書き~観劇、本、その他彩りのあるもの~

アラサー女の生きる糧。生きてるって楽しい!と思えた物事の個人的な記録。

エモという感情

現在、断捨離実施中。

もちろん、実行前にはこんまりさんの本を読んで、準備万端。

 

ただ、、まとまった時間が取れないため、本では「だめだ」と書いてあるがエリアごと区切って実行中。

 

とにかく、あるものの把握と、ときめくか否かを繰り返す。

 

やっている最中に思ったのは、「ゴミ認定するってハードル高いな~」ということ。メルカリに出すほうがだいぶ罪悪感低い。

 

メルカリは別にお金になるか否かじゃなくて、「かつて大好きだったもの、価値があったものを『価値がない物』と判断することが苦」ということである。

メルカリで売れたら、それは誰かにとっては「買う価値のあるもの」だったということ。救われる~

 

 

こんまりさんは「かつてときめいたものでも、『そのときその瞬間のときめきをありがとう』と、役目を終えたものは感謝をして、処分しましょう」と仰る。

趣味に合わないプレゼントを頂いた時も、そういうことなんだそう。

 

そんなになかなか割り切れないぜ~~

 

 

今回のタイトルは、そのなかで見つけた、まさに過去のときめきをありがとうなもの。

当時大好きだったバンドの雑誌の切り抜きやフライヤー。

そのバンドを見続けてもう10年以上にもなる。

10年前、まだメディアに出たてで、素朴な顔立ちのメンバーたちを眺めていると、はじめは「なつかしさ」だけであったが、徐々にその時の感情を思いだし、胸が苦しくなってきた。

 

そう、あのバンドがデビューしたころ、私は社会人なりたてで、毎日本当にしんどい思いをしていた。

休日の楽しみがないと、先の楽しみの予定がないと、あっという間に沈んでしまいそうだった。

彼らのCDやライブは、命綱。そんな時代があった。

 

 

・・・・あー、一人思い出してエモくなっている。あのときの葛藤たち。

 

そして思うのは青春という言葉よろしく、それを「エモい」と思い返すときにはその感情はもう戻らないのだよ。

 

一生懸命に生きたい、必死になりたいと思っても、大人になるとある程度の「余裕」やら「妥協」やらが出てきてしまう。あとは正面突破ではなく「回避」という術を覚えるから。

 

あのときのようにがむしゃらな自分。メンタルの浮き沈みが激しくてすぐ泣いたりしていたけど、本当に主観的に、自分のことだけを考えて生きていた期間だったなぁ。

 

あぁ、懐かしい、エモさ。

ジェンダーと脳

ジェンダーと脳 性別を超える脳の多様性  ダフナ・ジョエル&ルバ・ヴィハンスキ

 

男性と女性、性別としての違いはあれど、脳は「男脳」「女脳」が存在するのか。

という問い。

 

以前より「〇〇な男、△△な女」といったタイトルは良く見られており、思考回路の違いや、行動の違いなどが言及されてきた。

男性は野心をもち、競争に常に身を置く。他者に対して攻撃的な面を持つ。

対して女性は協調的であり、親切で、共感が強い生き物である。

男性は理論的であり、女性は感情的である。

 

たしかに当てはまる人もいるけれど、当てはまらない人もいる。

最近は理系分野で活躍する女性も増えてきている。

彼女たちを「例外」ととらえるのか、「彼女たちのように活躍できうるひとが、今まで埋没させられてきていた」ととらえるのか。

 

この本では「男性的」「女性的」とされる心理的特徴や、灰白質の大きさなどを比較したときに「男性的な特徴は男性に多い」ながらも、「すべてが男性的特徴をもつ人はほとんどいない」としている。

男性にも心理的に女性的といわれる面は存在し、その逆もしかり。それは、「悪いこと」としてとらえられるべきなのか。

 

私は今日、ある記事をみた。

性暴力を受けた女性の、裁判所でのスピーチだ。本当に説得力がある内容だったと思う。

加害者である男性はおそらく、この女性を「被支配者」であり「力を持たないもの」であると判断し、犯行に及んだんだろう。

だがスピーチ内容にもあるように、彼女には「知識」「周囲のサポート環境」「強い精神力」など、とても恵まれた「力」を持っていた。だから、このように話題にもなり、重い求刑となったのだろう。

 

このようなジェンダーバイアスは自分でも気づかずに持っているものである。

私自身、最近になってようやく、そのことに自覚し始め、自分が感じてきた違和感などが言語化できるようになってきた。

 

この本のなかで、印象に残っている部分がある。

「なぜ、トランスジェンダーであることを宣言するのか」という学生からの問いに「ではなぜあなたは、化粧をして体のラインが出るような服を着るのか」と返答した著者。

 

化粧をすることと、体のラインを強調することは「私の性自認は女性です」とアウトプットしていると同じだと。

それを読んではっとした。

 

私は、女性だと高らかに宣言できるほど「女性」ではないんだ、と。

だから私は婚活や合コン、デートなど、「異性と意識するべき人と会う」時には化粧をし、「女性らしい」服を着ていく、

しかし、普段はパンツが中心だし、体のラインは基本的に隠している。

だって、友人とのつきあいや、仕事のときに「女性」である必要はないから。

 

そうだったのか。私は「女性」であることは、あまり好きではなかったんだ。

だからといって、私は男性ではなく、女性。

だけど、女性に期待されるような「役割」を担うことが苦痛で、「女性」と認識されたくなかったのだ。

 

私は学生時代、男性の友人が多かった。だけど、その友人の何人かは私を「女性」だと認識していた。だからそこでの齟齬から起こるトラブルをいくつか経験した。

 

私は友人にとって「女性」であったことに、たくさんショックを受けた。

でもそれはすべて水に流した。大したことではないと思うことに決めたから。

 

オトナになり、結婚する人が増える中で、結婚すると女性しか担えない仕事というのがある。出産だ。

私はそれにずっと気持ちが進まなかったのは、たぶんこの延長なのだ。

妊婦であること、母であることは「女性であること」を強調することになる。

 

それが、ハンディと感じずに済むような世界になると、いいなぁ。

笑う男 2022.2月 @帝国劇場

帝国劇場にて。韓国発ミュージカルが行われておりました。

日本版初演は2019年、日生劇場スタート。原作は「レ・ミゼラブル」「ノートルダムの鐘」でも有名なヴィクトル・ユゴー

 

初演を観て、「なんと救いのない物語なのか・・・」と観劇後天を仰いだ記憶があります。今回、正直「あまり好きなストーリーじゃないんだよな~」と、チケットとるか悩むところもありました。が。取りました。その理由は、なんといっても

 

歌がすごい!!!

 

からです。

初演時、一度観劇しただけで耳に残って離れなかった美しいメロディー。その後、東宝さんよりCDが発売され、たくさん聞きました。

 

歌を聴くだけでも絶対チケット代元取れる!

 

と思い意気揚々とチケットをゲット。

 

さて、観劇しての感想をつらつら書いてまいります。(ネタバレを含む)

 

 

 

 

今回の再演。やはりやはり・・・

 

歌がすごい!!!

 

特にグウィンプレン役の浦井健治さん、ジョシアナ侯爵役の大塚千弘さん。

このお二人の大曲の多さ。しっとりクラシカルに、ロックに、タンゴのようなリズムに乗せて情熱的に。

 

まぁ、実力あるお二人だからこそこれだけの曲を歌い上げ、それに加えて役の個性を引き出せていたんだと思います。本当素晴らしかった。

 

あとは、今回再演からの参加となった吉野圭吾さん。

この方、お衣装を着てふらっと舞台に登場しただけで役のキャラクターが見えてしまうという凄さでした。

 

初演時から、よくわからない存在だったのが石川禅さん演じる「フェドロ」(全く関係ありませんが、祐さまも禅さんも、お稽古場写真みても舞台上の人と一致しない!笑)

 

「結局、生まれ持ったものには誰も逆らえない」

 

という彼が言う最後の台詞。

 

デヴィット卿とグウィンプレン。表裏一体であったこの二人の「運命」。

幸せになるために、それぞれ別方向に運命に抗う2人。

え?結局グウィンプレンのことって本当だったの?フェドロの嘘なの?という疑問が残ります・・・

 

「幸せ」って何だろう。

ウィンプレンが1幕で言う「幸せ」とは。

 

「醜い口」を持つ自分が、それを肯定され居場所を得られること。

 

あとは、キラキラした夢のような世界に身を置くこと??

 

これはデアの夢なのか?貧民みんなの憧れ・夢なのか??

 

 

2幕中盤の回想シーン、「僕は一人じゃなかった。」

で、前者がすでに持っているものだということに気づいたグウィンプレン。

 

後者は、常々父ウルシュスがいう「貧乏人の地獄によってつくられる」ものの上に身を置くことになる、という事実に気づく。

 

そこからの彼の大ナンバーは必聴ですよね・・・・!!

 

あんなに両極端ともいえるあの2曲。浦井さんだとめちゃしっくり来るけど、ふと、ほかの役者さんが歌ったらどうなるんだろうなー。と考える。

 

ロイヤル感と怒れる民を行き来できる人。

 

誰だろう。。。高橋一生さんとかかなぁ。

 

まだまだグウィンプレンは浦井さんに続けてほしい!!!そう強く思いました!

 

デアは、今回真彩希帆さんと熊谷彩春ちゃんのW。

デュエットでの声の相性的には真彩さんに一票!

デアの存在感としてはいろはちゃんに一票!

 

真彩ちゃんは言わずもがな、宝塚トップ娘役さん、望海風斗さんとの「歌うまコンビ」ですから、デュエットスキル高い!

でも、デアはご本人もどこかのインタビューで言ってたけど「抑えた歌唱」が中心だったので、彼女の「歌い上げる」場面てあんまりなかったのが残念ですよね~。(2幕回想シーンは、若干トリガー外してる感じはして気持ちよかった!  余談ですが、この回想シーンとラストのダンスシーンは、デア目見えてるのかな?)

 

春ちゃんは、なんとまだ22歳!経歴は輝かしいですが、めちゃ若い!

浦井さんとの年齢差よ!!(笑)

でも、その若さ可憐さで、カンパニーからリアルに守られ可愛がられているんだろうなという感じが滲み出るデアだったなーと思いました。

 

 

初日が関係者のコロナ陽性により開演30分前に延期発表、という衝撃から始まり。

そのせいもあってか連日、客も演者も、普段よりも熱く愛に溢れた公演期間になったのかな、と思います。

 

東京千秋楽、おめでとうございます。

地方公演も滞りなく駆け抜けられますように。

 

そして、また、浦井グウィンプレンのあの大ナンバーが聞ける日を楽しみにしております♡

王家の紋章@帝劇 2021.8

王家の紋章。今回が3回目の再演です。

 

私は、今回が初見で、DVDのみ視聴してから臨みました(聖子キャロル・マモミル版)。

 

正直、DVDを観たはじめの感想では

 

「・・・・?」

 

という感じで、これ帝劇でやる演目なのかしら??と思ってしまいました。

ひたすらキャロルがモテ、溺愛され。

メンフィスの俺様ツンデレ

 

少女漫画原作なのは分かるんだけど・・・どうなのよ、と。テーマはどこいった、共感はどこだ。

 

というわけで今回、作品自体に疑心暗鬼で挑んだ3回(うち 浦2、海1、晴2、神1、朝2、聖1、元2、大1 のキャスト)。それぞれ、感想を述べていきます。

 

※ちなみに当方浦井ファンです。つまりそういうことです(みなまで言わない)

 

まず作品について。

DVD、なぜDVDにした・・・?2017年ってまだブルーレイなかったっけ・・・?

 

この作品は!衣装の魅力が!!伝わらないと楽しさ半減です!!!

 

サラサラ、ツヤツヤ、ふんわり、重厚感、キラキラ、、、

マントだったりその他のお衣装、アクセサリー、そういったものの豪華さがとにかく魅力だと思います。あれだけで異世界感満点、「うぁー…!」とテンション上がります。

 

そしてストーリーですが。1幕は許す(アイシスの兄弟愛問題はあとで)。

2幕のイズミル王子の「そなたを愛おしいとさえ思うておるのに(的な)」の謎。ここです。これはDVDでも思っていた謎。

 

恋に落ちる要素は何処???

 

どうやら、原作ではその辺ちゃんと描かれているらしいのですが、かなり時間の都合で端折ってるポイントのようなんですね。

今回、大貫イズミルを観てなんとなく腑に落ちました。

 

メンフィス→キャロルの「愛」の表現の後で、イズミル→キャロルの「愛」の表現を並列に並べてしまっていたけど、あれは別物なんだなと。

「不思議な娘、ナイルの娘」、利害的なものでの興味対象から、感情の起伏の激しいキャロルに煽られてつい意地になっているような。思い通りにならないものに対する独占欲に近いほうなのかな、と。なんとなく。

 

ここは元基ミルと大貫イズミルの違いだなーと思いました。

元基ミルはより湿度と粘度高めで、これは半分ストーカー的な(笑)

DVDのマモミルも元基ミルと同じ感じだから、もともとの流れはこっちだったんだろうけど、大貫さんくらいのほうが原作読んでない人間としては受け入れられたな。

「こうしておけば女は喜ぶのであろう」的な、傲慢なイズミルの「愛」からのあのキスシーンなんではなかろうかー

 

さて。この作品は2.5次元というべきなのか問題はありますが、今回比較的2.5次元に寄せてつくっているのが「浦井×神田×新妻」のキャストなんだと思います。

2.5次元の魅力、というのはあまり観た経験がないのでわかりませんが、おそらく「キャラの強さ」ではないかと感じました。(そういう意味では×平方もそう?)

 

リアルを追求するよりも、「かっこいい」「かわいい」「強い」「妖艶な」「美しい」等々、はっきりと形容できるようなキャラクターの輪郭を表現する台詞回しと所作。

 

これは、確かに。。。観ててにやけちゃったり、ドキドキしちゃったりする。

 

対して、海宝×木下×大貫 は「リアル」「現代に通づる」という感じの作り方なのかなと。

(まぁ様はどっちだろう?)

 

とにかくその点では、神田×浦井の2人が、まー、濃い!

神田キャロルはさすがディズニープリンセス、という感じ。

声優経験者のかたは(メイビーハッピーエンディングの花澤香菜さんでも思いましたが)表情が見えにくくても、台詞と歌での表現が豊か。すごい。

そしてぷんすか怒る顔とか、抱えられてじたばた暴れるところとか、そういうところが漫画的でとてもかわいい(笑)

 

そして浦井メンフィスですが、観劇1回目と2回目でだいぶ印象変わりました。というか、ご本人が少しずつ変えているのでは??

1幕⇒とにかくアイシス、ミタムンをたらしこむチャラ男。「自分のことを好きに違いない」という自信から「こういうふうにされたら女って嬉しいんでしょ」というのを綺麗になぞっていきます。一歩間違えるとただの勘違いオトコですね(笑)2回目観劇時なんて、ミタムンへの「では、エジプトで生涯を過ごすか」みたいな誘い文句、なんと耳元でのお囁きに変わっているではないですか!!!1回目観たときは目を見てた気がするのに・・なんと・・・罪。

 

2幕⇒キャロルを愛するゆえに感情の起伏がさらに激しくなり、「哀」とか「弱さ」が垣間見えるようになるメンフィス。とくに2回目観劇時は、キャロルを失う怖さとか、自分の無力さみたいなものを歌に含ませていて、「オラオラ」ととにかく強く太く、張り上げる、という印象から一転、強弱でいうとmpとかpの表現が出現。おや。

 

今回、アイシスさまがとてもヒューチャーされている印象で、これはこれでDVDのもやっとがすっきりしました。

めぐさんはあくまで「下エジプトの女王」に重きを置いて、少なくとも表面上はメンフィス同様に政治的に、かつ家族として接していたような印象です。でもキャロルが表れて、少しずつ剝がれていくけど、体裁は保っていたような。

 

そんなめぐさんアイシスは、理知的で比較的感情抑え目だったのに対して、今回の2人のキャロルは「メンフィス大好き!!!」を全面に出していたので。目を見合わせた嬉しそうな顔、キャロルやミタムンに対する敵意むきだしの表情、選ばれなかったときの絶望(と、仲良しだったころの回顧、切ない・・・)と、はじめから業火のごとく恋愛感情を爆発していたので、全体的にわかりやすかったです。

 

まとめ。

今作は、現実を逃避するにはうってつけ。好きな、または思い入れできるキャラクターがいればなおさら、エジプトの世界の沼へ落ちるでしょう。

 

博多座公演も無事にとりおこなわれることを祈ります。

 

望海風斗コン SPERO@梅田芸術劇場 

宝塚歌劇団雪組を退団された、望海風斗さん。

 

宝塚を退団されて、すぐにエリザベートのガラコンサート出演はありましたが、あれはまだ男役(ルキーニとトート閣下)。

 

男役から少しずつ脱皮されつつある今、初めてのコンサート!!

行ってまいりました!!

 

このコンサートは4つのサロンで構成されているとのこと。

はじめはストーリー仕立てではじまる’シネマ’。

続いて、’Jazz’

3つ目は’ミュージカル’

最後は’J-POP’。

 

はじめは、深緑色のお衣装とハットで登場。ショーに出演される(ご本人役?)スターさんの表と裏(劇場の外)のご様子を演じながら、しっとりと歌われる望海さん。どちらかというと中~低音中心の、男役さん寄り(ここでオーシャンズ11のお歌もご披露されていました)。

 

Jazzは、ダンスも織り交ぜつつ。(←素敵だったけどあんまり記憶が乏しい)

 

一番好みで感動したのは、3つ目のサロン。

MCで、望海さんは「私は、今まで宝塚ばかり観てきて、じつはミュージカルの曲をあまり知らなくて・・・」と選曲にご苦労されたとのこと。

朝夏まなとさんに連絡をしまして・・・『いまから知っていけばいいんだよ!』と励ましをいただきました」と。

まぁ様、本当に休みなくミュージカル出演されていますもんね・・・・!

このサロンのなかで、本当に感動したのです。

「空から降る金」を歌われたのです。のぞ様が・・・!!

 

モーツァルトで、宝塚OGであるキャストさんが歌われていますね。

メロディーが美しく、曲の歌詞自体がおとぎ話のようで、とても優しく壮大なお歌なのです。

比較的キーも高い印象だったので、選曲も意外でした。

この曲には、複数人の登場人物がいます。語り部である婦人、王様、王子様、憧れの精など。 

 

適宜登場人物にあわせて少しずつ声色を変えながら。でも全体的に柔らかく、優しく、本当に会場を包み込むような歌唱でした。思わず涙が・・・・。

 

そして、ミュージカルパートのラストは。まさかのドリームガールズ!!

ここで、上下ピンクのお衣装のジャケットを脱ぐ⇒お背中綺麗!細い!!!

 

キラキラスパンコールのお衣装で、センター歌っておられました。

これもとても良かった。のぞ様のパワフルな歌唱が合っていました(さすがに一番ハイトーンな部分はファルセット混じりでしたが。でも後半日程ではもうちょっと仕上がり変わる気がする、この曲!!)。

 

J-POPでは、存じ上げない歌もありましたが、比較的中音域のお歌が多いような印象でした。

 

アンコールでまさかのSuper Voyger・・・!!

このときにはツアーTシャツ(ご本人だけスパンコール付き?キラキラされていたような)に満面の笑顔でペンライトを振る望海さん。ラストが近づき、ホッとしてる感満載でした(笑)

 

まえのWOWWOWでの「Music Revolution」の副音声(with真彩希帆さん)でもフィナーレあたりで「あー無事に終わった~良かった~って思ってたよね(意訳)」っておっしゃっていて、こんなに場数を踏んだ方でも、一回一回、全力で臨まれているんだなぁと。

 

そして、場面は忘れてしまったのですが、一度男性のダンサーさんと組んで踊る場面があり、ひとり心の中で「ひゃー///」ってなってしまいました(笑)

「全体重を預けてしまっていいのか、と毎回思いつつ。宝塚時代は体重をかけるなと言ってきたのに。相手に迷惑かけちゃいかんと教えてたのに。いいんでしょうか。」とMCで話されていました(笑)

 

男役を完全に脱ぎ捨てるのではなく、ちょうど間にいる感じが見えたのは今ならではだし、それを隠すのではなく、個性として成立させていた望海さん。

本当にきれいで格好いいお姉さまだなぁと、改めて惚れてしまいました。

私はいままでは「天海祐希さまみたいに年を重ねていきたい!」と思っていましたが、その一歩手前に「望海さんみたいな格好いい先輩でいたい」と、新たな指針ができました!

 

このコンサート、欲を言うのならばもう少しアップテンポだったり、派手な曲があっても良かったのになーと思います。

しっとりと歌い上げる系が多くて、それも悪くはないのですが。1つ目のサロンとか、テンポ感があまり変わらない印象を受けてしまいました。。

 

まだまだ開幕したばかりのSPERO、後半日程にかけて、どんどん進化されるであろう望海さんに、引き続き期待です♡

レミゼ2021、My 楽日を終えて

奇跡的に複数枚のチケットが取れたレミゼ

観劇の帰りに、キャストのすばらしさとか、楽曲のすばらしさとかをかみしめながら帰路につくわけです。

 

レミゼは、会話とか芝居がほぼなく、すべて歌でストーリーが紡がれていくミュージカルです。

なので(?)初めて観劇したときは、本当に1幕終演の時点でぐったりしてました。

忙しいんです、プリンシパルキャストと言われる登場人物も沢山いるので、あれもこれも聞いたことある曲だし、キャストそれぞれにストーリーがあるので、感情が上がり下がりジェットコースター並み(例えば、愛の芽生えに浮かれるマリウス&コゼットと、それに打ちひしがれるエポニーヌ、とか)。

 

今回は複数回観劇できて、流れを把握できた状態で臨めたので「え!?もうこの曲!?」とか、「ファンテーヌもう死んじゃうの!?」とか、ようやく思わなくなりました(笑)

 

余裕をもって観られるようになり、そこからようやく役者同士のやりとりや関係性、細かな心情の動きなんかを観られるようになり。

 

 

ひとつ、ずーっと考えていることがあります。それは、ジャベールの自殺のシーン。

あれは、バルジャンに情けをかけられたことと、その後バルジャンを自ら逃がしたことに関する自分への絶望なんだと思っていました。

 

でも、伊礼ジャベを観たとき、砦の陥落後に松明を持って死者を確認しているシーンの時点で、明らかな精神崩壊が起こっているのが見え。

 

本当は、あそこで死んでいるのは自分のはずだった。

老いた自分が生き残り、若者たちが信念のために死んでいった。

ジャベールの信念は法と正義、秩序。

ジャベールは、とにかくは中に入りこめたわけだから革命を止めることも、彼らを死なせないことも、方法を考えればできたはず。少なくとも、「全員死亡」という「最悪の結果」は免れる方法はあったのではないか。

ただ、ジャベールはそのために命を投げ打つことはしなかった。バルジャンに「逃げろ」と言われて逃げた。逃げて生き延び、そしてまた「職務」を全うしている。

 

 

そのあたりで「仕事としてやるべきこと」と、「自我」の乖離が起きてきていたように思う。

 

大テーマが大ラスで「人を愛することは神様のおそばにいることだ~」とバルジャンが歌うわけですが、砦の若者たちは「民衆のために」、エポニーヌは「マリウスのために」、ガブローシュは「砦の人たちのために」、バルジャンは「コゼットのために」、すべて愛する人のための行動だった。

 

ジャベールは、「人のため」という概念で動いたことがおそらく無かったのに、「砦からの生き残り」を生かすために、バルジャンを逃がした。

 

死ぬことは、肉体に繋がれた鎖が断ち切られ、自由になることだ、と最後歌うのですが、やや宗教色が強いことは否めません(そもそも、司教様との出会いからすべてが始まるからそこは根幹のテーマである)。

 

ジャベは、生きている限り、職務としてバルジャン(=囚人)を捕らえる義務がある。でも、「奴は何をした?」と自問し始めて、逮捕することに疑問を持ち始めてしまった。

自分の肉体がある限り、悪事を働いた人間を逮捕する、それを神に誓った(Stars)。

 

そこから逃げ出したくなった彼は橋から落ち、命を絶つ。

ジャベは、最後、列に入れてもらえないんだよね・・・可哀そう。。。

レミゼラブル 2021@帝国劇場

今年は、コロナ禍で本当に異例の年になったと思います。

 

なんと。。レミゼのチケットが・・・・取れた。4枚も!!!

 

これは本当に異例です。毎年、抽選はすべて落選、一般はサイトに繋がらず。かろうじて取れるのは地方公演のみという、激戦だったのに。

 

今年は、普通に取れる!なんなら選べる!!異常です。でも、そんなのは今年だけだろうと思い、大切に観させて頂きました。

 

今回はコロナ対策もあり、演者の組み合わせはある程度固定されているようです。なので、「自分の観たい役者さんだけが奇跡的に集まる日」を選ぶのはかなり難しい。

でも、だからといってはなんだけれどもプリンシパルキャストのそれぞれの差というか個性というか、そういうものを感じるきっかけにもなりました。

 

レミゼ出演者は本当に、実力者しか居ないので上手い下手ではなく、完全に好みだろうなーと思います。

 

今回、現時点でバルジャン・ジャベは2人ずつの役者さんをみることができました。

◇バルジャン

吉原光夫さん/佐藤隆紀さん。調べて知ったのですが、シュガーさん、まだ35歳なの・・・!!もともとクラシック系の方なので、声の響きはとても良いのですが、それに加えてよかったのが、人間味というか包容力というか、コゼット愛でした。ラストマリウスと2人で、コゼットのためにと自分語りをするシュガーバルジャンがもう、泣ける~~~。もともとバルジャンは、自分のパンではなく人のためのパンを盗んだところから始まるわけだから、とても優しい人なんですよね。優しさ、温かさ、そういうのを感じるバルジャンでした。

対して吉原バルジャンは、見た目からもう強そう。ちょっとガサツな感じを残しつつ(だって肉体派の囚人ですし)、強い信念と強い歌声、そんなにいろんなキャストと比べていないですがTHEバルジャンという感じがしました。バリケードの中でも、どこにいるかすぐわかるような、際立っている存在感でした。(ジャベールとの対決シーン、片手でもジャベールに勝てそう)

◇ジャベール

上原理生さん/伊礼彼方さん。上原ジャベは、なんというか、強い。歌声の低音の響きがとにかく逞しくて強くて迷いがない。表情もあまり多くないから人間味も見えにくいけど、後半にかけて、迷いが出て少しずつ揺らいでくるジャベ。でも上原ジャベはそれでも強い。揺らいでいる自分とか、信念を曲げつつある自分をちゃんと受け入れているような印象があった。

対して伊礼ジャベは、わりと繊細さんな印象。正義という信念はあるけど、常に自分に言い聞かせているというか、思考停止しているような。そこから、少しずつ疑問を持ち、でもそれを自分の内心で否定し続け、ラスト一気に崩れる。橋のシーン、照明の当たり具合とメイクから、いつも魔女のように見えてしまう・・・怖い。。

 

 

役者さんによって、メイン2人だけでもこんなに色が変わるレミゼ

過去の演者ながめると、祐さまのバルジャンとか、内野さんのジャベとか、想像できないなー。

橋本さとしさんのバルジャンは観たかったなー。。島田歌穂さんのエポニーヌ。。。

 

妄想キャストも楽しい、レミゼ。内容の感想はまた別で、4回目観劇後に書こうかなと思いまーす。